昭和50年7月31日久富ナツヨ10年祭



(?)おるものは神様だけではない。家の根であるところのご先祖も大切にさせて頂いて、日々真心を込めて奉仕ができけておりますけれども、こういう式年といった時にはやはり、霊も改まっておると同時に、私どもも、やはり遺族のものも改まって、日頃はきらない服の一つも着せてもろうて、紋付袴に身を固めて、御霊様に向かというそのことが、あー御霊様のお祭りの値打ちです。えー日頃お供えしないような物でも、例えばあれこれと思いを込めてお供えをさせて頂く。そういう改まった心が、御霊の喜びを受けるというか、天地の親神様のお喜びを受けることですから、御霊様がまたおかげを頂かれることになるのです。うーん、これはあたくしどもでもそうでしょうが、普通の作業服なら作業服からちゃんとお風呂の一つも頂いて、なら紋付袴にシャッと固めますと、それだけで気分が違います。あたくしどもでも、ほんに体がきついという時でも、装束を付けますと不思議に体がシャンとするもんです。そのシャンとするというものが、生き生きしたものですから、その生き生きしたものが神様にも通い、御霊様にも通うのです。今日の御霊様のご様子をいうなら、今日ちょうどここ何日か、4、50人のまる少が合宿して、色々やっとります。それでお母さん達が、父兄会の方達が、移り交代で、あのー、食事の準備かなんかにきておられるわけですが、みんなあの年配の子供、まだ子供持ちばっかりの人達ですから、みんな子供を連れてこられておるわけです。ですから手のいる子供もおりゃー、もう4つ5つでほうたらかしときゃー、ここは広いですからわが物顔で遊んでおるのもおるわけですが、ちょうどその5つ6つの子供達がね、向こうのせんすいに鯉がいっぱい入ってます。あの鯉の入っておるところで、網でこうやって今日、昼、一生懸命すくいよるとです。(すとが?)わかる。けれどもあれだけ鯉がおるけれども、すくいきる子供は一人もおらんのです。ちょうど今日の御霊様の場合はお徳と言えば、いうならご神徳とおっしゃるが、ね、お徳は目の前にそれこそゴチョゴチョしするごと泳いどるとは分かるが、そのお徳の世界を見ておるというだけで、まだそれを自分が、自分でいただけるという力はないということです。だから御霊様がいうならばだんだん育っておいでられる。信心が育っておいでられるところから、えー自分で筑後川のようなああいう急流に泳いでおる鯉でも、おー掴み取りでもでけるような、いわば、おかげにもだんだんなってくる。これは人間の世界でも御霊様の世界も同じこと。御霊様のただお喜びを頂いて、まー遺族の方達が熱心に信心をされますから、ね、信心の余徳というものが、やはり御霊様の上にも現れることは間違いない。けれども、おかげの模様というか、お徳の様子を見て、こうやってすくう稽古はしよっても、まだすくう力はないというのが、今日の御霊様のほんとの姿だと私は思うです。ですから、だんだん一つ祈りのかてというか、真心の糧を送るというように、御霊様の成長がだんだん願われ、それがでける、そこからね、御霊の徳もいうならば喜びの御霊、安心の御霊としてのおかげを頂かれるようにもなる。いよいよ遺族のものの信心がね、御霊の世界にも(お守り?)を送ってやれれるだけの信心と、御霊なりのお育てがいただける、育ちなさるような祈り願いといったようなものが必要であることを、今日のお祭りを通して私自身も感じさせていただきました。今日のお祭りをたとえば衣着を正して御霊も受け、または皆さんも衣着を正して今日のお祭りを奉仕された。それだけで生き生きしたものが交流したということだけは間違いないですね。どうぞ。